「もうこのあたりでギブアップかな」と思うときに、もう一歩を進める。そして、さらにもう一歩を進める。そのようにしているうちに、厳しい段階を通り越して軌道に乗り始めるわけです。
『青銅の法』 P.28
神仏は決して人類を見放してはいない。また同時に、人間の頭で考えたものだけが、合理的で理性的だと認めているわけでもない。
『エル・カンターレ 人生の疑問・悩みに答える 発展・繁栄を実現する指針』 あとがき
幸福とは猫のしっぽのようなもので、その存在を忘れて、まっ直に歩いていくと、黙って後ろからついてくる。それと同じように、お金も、お金の亡者になって追いかけることなく、一日一日の生活習慣を改め、考え方を改める努力をしていると、自然にたまってくるものである。どのような人格を形成し、継続するかが先なのである。
『心が豊かになる法則』 まえがき
日本は、国として言うべきことは、きちんと言い、国家として毅然としていなければいけません。そして、毅然とした国家になるために必要なものは何かといえば、それは宗教です。宗教を軽んじる国は弱くなるのです。
『救世の法』 P.113
死後の世界が怖いのは、その世界のことがさっぱり分からない点に原因があるわけですから、死後の世界についての「明確な見取り図」があれば、それほど怖いものではなくなるはずです。
死後の世界については、私の数多くの著書に詳しく書いてあります。代表的なものとして、『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』(いずれも幸福の科学出版刊)という三部作があり、特に『永遠の法』では、あの世の世界の仕組みを明確に説いています。
『正しい供養 まちがった供養』 P.159
問題集は一人ひとり違います。ただ、その人にとって、魂の学習に合った問題集であることだけは事実です。問題から逃れることばかりを考え、「与えられた問題を解きたくない」と言うのではなく、その問題のなかに潜んでいる意味を発見してほしいのです。
『心と体のほんとうの関係。』 P.175
ほかの人から批判をされたり、持ち上げられたりすることもあるでしょう。しかし、たとえ、みなさんがいろいろなことを言われたとしても、そういう毀誉褒貶(きよほうへん)は人に任せておけばよいのです。「自分は自分のなすべきことをなす」。これが大事です。
『真のエリートを目指して』 P.165
悟りには階梯(かいてい)が付きものであり、その段階を上がっていくわけですが、上がれば上がるほど謙虚になっていくという気持ちを持っていないと、これもまた光が通りにくくなってきます。
『真説・八正道』 P.109
幸福の科学における信仰というのは、(地球系霊団の)至高神であるところのエル・カンターレ、ただ一人です。「主」とは「主人」という意味ですが、「マスター」という意味での師匠は世の中にたくさん存在することでしょう。
しかし、「信仰における最終的なマスターである『グランド・マスター』、あるいは、『主』としての神は、エル・カンターレただ一人である」ということを、心に銘記しておいてください。
『青銅の法』 P.200
人生には、いろいろと不幸な出来事はありますが、その後の生き方は人それぞれなのです。人生は長いので、逆転することは可能です。まだまだ、よいことはたくさんあるので、どうか、思い詰めずに粘り抜いてください。
『生命の法(いのちのほう)』 P.95
「幸福」というものは、どこかに漠然と抽象的にあるのではないのです。
人間がいちばん大事にしなければいけないことというのは、「個性を持って魂修行をしているということは、まず自分自身に対して責任を取らなければいけない」ということです。「自分自身を幸福化する」ということが、まず最初の責任であるわけです。各人が自分に点灯していくということを通して、本当に全体の幸福が広がってくるのです。
『エル・カンターレ 人生の疑問・悩みに答える 人生をどう生きるか』 P.80
マスターになっていく人たちは、「真・善・美」に対する、あくなき探究心を持っていなくてはいけないのではないかと思います。生涯、「真・善・美」を追い求めつつ、やはり、一本の信仰心を貫いて、挫けない心を持ち続けていることが大事かと思うのです。
『真実の霊能者』 P.98
仕事ができるようになるには、自分に対して正直であるのは当然として、ほかの人に対しても正直でなくてはいけないでしょう。“ガラス張り”で見て、「その人が入ることによって、以前よりも何かが進んだり、よくなったりしている」というようにならなければいけないわけです。
『仕事ができるとはどういうことなのか』 P.62
私が三十数年間続けてきたことのなかに、「真実がある」と信じてくださるのであれば、どうか、みなさんの「思いの力」を、未来や神の力を塞いでいる山にトンネルを打ち抜く「強い光」へと変えていってください。そういう大きな流れをつくっていきたいと考えています。みなさんの力が一つにまとまる日を待っています。
『信仰の法』 P.69
宗教修行は一生を貫くものであり、「若いころにやったけれども、そのあとは放棄してしまった」というようなことでは駄目なところがあります。最期、亡くなるときには、新しく入学し直すようなかたちで、あの世に移行しなくてはいけないので、そのときにコンディションが出来上がっていなくてはいけないのです。これを忘れてはいけないと思います。
『宗教者の条件』 P.196
この世の中で選ばれてエリートになりし者たちは、それだけの「自己犠牲を払う精神」が必要だと思います。やはり、「自分を犠牲にしてでも多くの人を救いたい」という気持ちを持った人に国会議員等になってもらわなければ困るのです。神仏の前に謙虚で、人々に愛を押し広げる人たちを選んでいかなくてはならないのです。
『危機のリーダーシップ』 P.133
神仏に対する全託がないのである。
未来への勇気がないのである。
そして何よりも、
神仏の子としての自分自身を信じてもなければ、
他の人もまた神仏の子だと信じ切れないのだ。
信仰薄き者は、
浅はかな知恵で人生を考えて、
グルグル思考に陥る。
胸に手をあてて、
よく考えてみるがよい。
(心の指針199「グルグル思考」より抜粋)