2011/09/23

平凡なる大道


 愛を得んとしてなにゆえに苦しむのか。
人に認められんとしてなにゆえにもがくのか。
そんなに他人の評価がほしいのか。

しかし、私はあなたがたに言おう。
他人の甘いささやきに酔いしれているうちは、
真の自己確立への道のりは、まだまだ遠いのだ。
学べば学ぶほどに、知れば知るほどに、悟れば悟るほどに、
「怖さ」がわかってこなければ、まだ本物ではない。

真理の大海を前にして、
自分は
浜辺で無力に泣きじゃくる子供のようであったと述懐する、
あのニュートンの謙虚さに学べ。

自分の研究など、
神から流れ出る真理の大河に、
スプーン一杯の水を注ぐほどでしかないと痛感した、
あのアインシュタインの言葉に学べ。

また、その天才的業績を人にほめられても、
自分は汗を流すことにおいて天才だったのだと語った、
エジソンの心意気に学べ。

真に偉大なる者は、
平凡なる大道を黙々として歩み続けるのだ。
そこには何のてらいもない。
日々足ることを知って、一路邁進するのみだ。

(「光よ、通え」より)


2011/09/18

反省の習慣を身に付けよう

短気を直そう

「第三の道」




対立するような価値観が出てきて自分を苦しめているときには、
単にどちらかを選ぶという立場に追い詰められることをもって、
よしとしないことです。

「第三の道」というものが、
きっとどこかにあるはずだと思って、
発想しつづけることです。

そうすると、必ず道が拓けてきます。





自分自身に言い聞かせておくこと



毎日、
「自分はきっと成功する。
自分はきっと大物になる。
自分はきっと運命を開くに違いない」
と、
折にふれて
自分自身に言い聞かせておくこと
が大切です。





他の人を祝福する



たとえ自分が
成功していなかったとしても、
他人が成功したときに
「おめでとう」
と言う努力をしてください。

「おめでとう」と言えるのは、
そうした理想像を肯定していることになり、
やがて自分も成功者になっていく
路線に乗ることになるのです。




2011/09/10

第二の青年期


人はいくつになっても青年でいることができます。

たとえば、
「六十歳から青年をやってもいいじゃないか。
定年退職したときこそ、
第二の青年期を始めたい。
青年がやるようなことをやってみたい」

と、
理想に燃えて生きる人は、
ほんとうに青年のごとく
生きられるのではないでしょうか。



たとえ失意の底にあるとしても



賢明な道を選ぼうとする人は、
失意の底にあって愚痴や不満を言っている人間を、
相手にしようとはしないでしょう。

したがって、
たとえ失意の底にあるとしても、
心を励まし、
力強く生きようとすることです。




2011/09/09

幸福の科学の信仰


Q1 幸福の科学の信仰って、どんなもの?

A 幸福の科学の信仰は、神々の主である「エル・カンターレ」を信じ、「エル・カンターレ」と共に生きることです。素晴らしい人に出会えたとき、相手を理想化し、その姿に近づいていこうとしませんか?

信仰も同じです。エル・カンターレを信じ、尊敬し、エル・カンターレの弟子としてふさわしい自分となれるように、努力して自分を変えていくことが、信仰の道です。


Q2 幸福の科学の信仰では、何を大切にしているの?

A 幸福の科学の信仰では、「エル・カンターレ」への信仰のもと、「三宝帰依(さんぽうきえ)」という姿勢を大切にしています。「三宝帰依」とは、三宝(仏・法・僧)を信じ、三宝にしたがって生きていくことです。

幸福の科学では、エル・カンターレ(大川隆法総裁)を信じ〈仏〉、エル・カンターレの教え(仏法真理)を学び、実践し〈法〉、幸福の科学(僧団)の仲間とともに、魂修行と地上ユートピア建設に励むこと〈僧〉が、「三宝帰依」の実践にあたります。

以上、「Happy Science」ホームページより抜粋させていただきました。

十善戒《じゅうぜんかい》


この十善戒は、身《しん》と口《く》と意《い》の三つに分類されて、いくつかの項目があります。

①身三《しんさん》【身体に関する戒め】・・・不殺生《ふせっしょう》「殺すなかれ」・不偸盗《ふちゅうとう》「ぬすむなかれ」・不邪淫《ふじゃいん》「犯すなかれ・ふしだらな不倫をするなかれ」

②口四《くし》【口の四つの戒め】・・・不妄語《ふもうご》(嘘をつかない)・不悪口(ふあっく)(悪口を言ってはいけない)・不両舌《ふりょうぜつ》(Aさんにはこう言って、Bさんにはこう言ってと、別のことを言って仲違いさせるようなことは言わない)・不綺語《ふきご》(おべんちゃら、過ぎたお世辞を言わない)


ちなみに、言葉に関して四種類にも分けて戒律を設けた宗教というのは、世界的には仏教しかなく、非常に珍しいものです。仏教が「正語《しょうご》」に関してそうとう詳しかったということが、これでわかります。他の宗教には見受けられないものです。

③意三《いさん》【心の三つの戒律】・・・無貪《むどん》「貪《むさぼ》るなかれ」・無瞋《むじん》「怒るなかれ」・不邪見《ふじゃけん》「邪《よこしま》な見解を持つなかれ」

以上が、「十善戒」という、大乗仏教をしている人たちの戒めです。これを戒めとして自主的に守っていることが、すなわち修行そのものになるので、この内容についてはよく読み込んでいただきたいと思います。

以上、『沈黙の仏陀』大川隆法著(幸福の科学出版刊)より抜粋・要約させていただきました。このような書籍を発行して下さった、地球系霊団の最高指導者、地球神、主エル・カンターレ、大川隆法総裁先生に心より感謝申し上げます。

2011/09/08

自分の畑を耕せ



 すべての人が、同じ個性を持っていたら、
この世での魂修行は空しかろう。

各人が、能力も性格も、育ちも異なる。
だから、世の中は面白い。

それゆえ、豊かな経験が広がっている。

どの人にも仏性は与えられていながら、
その発揮する場所と、発揮の仕方が違うのだ。

親子でも魂は別である。
いい意味で親に似ぬ子も、
悪い意味で、親に似ぬ子もいる。

遺伝子・DNA信仰は、
ほどほどに卒業した方がよい。

人間の性質は、
長く、その人が思い続けていることで決まる。

知的なことに関心がある人は、
知的な職業につく。
運動機能に関心のある人は、
スポーツ選手になったり、
身体に関係のある職業につく。
人、様々だ。



だから、他人の畑をうらやましがらず、
自分の畑を耕せ。

ただ、ひたすらに、
自分の畑を耕していくがよい。







2011/09/04

奉仕の心

自分の幸福と
他の人の幸福をつなぐものは
「奉仕の心」です。

「世のため、人のために役立ちたい」
と願って生きることは、
自分の繁栄のためでもあり、
同時に社会の繁栄のためでもあるのです。




大きく発展



「多くの人びとのためになりたい」
と思っている人の仕事は、
結局、
大きく発展して
いかざるをえないのです。




2011/09/03

無能に対する焦り

若い人は、とかく不満を持ちやすい。
自分の不幸の原因を、  
親のせいにしたり、
兄弟姉妹のせいにしたり、
学校のせいにしたり、
社会制度のせいにしたりするものだ。

そうして、
荒れ狂ったり、
自傷行為にふけったり、
犯罪行為にのめりこんだりする。

自己愛が強すぎるために、
あるいは、子供時代に甘やかされたために、 
わがままになっているのが、
どうやらわからないらしい。

世間は厳しいものだ。

若者の持つ、不平不満や、
小さな不幸など、
利根川にこぼした一滴の酒、
程度にしか感じてはくれない。


若者よ、
自分の無能に対する焦りを、
合理化しようとするな。

他人のせいや社会のせいにするな。
自分がアリとキリギリスの、キリギリスであったことに気づくことが、

まず、幸福への第一歩だ。

 (2011「心の指針」より)

他人に対する限りない関心




愛の思いとは、まず、
他人に対する限りない関心です。

成功者に共通している条件は、
「他人に対して限りない関心を抱きつづけた」
ということです。

言い換えるならば、
「人間について知ることのない人は、
愛の思いが本物にはならない」
ということです。

愛の思いが本物になるためには、
多くの人々への限りなき関心ということが、
どうしても必要なのです。



 (「成功の法」より)



2011/09/02

前に進む力


毎日、朝起きるたびに、
「今日も一日、頑張るぞ。
毎日、少しずつでも成長するぞ。
何か工夫をして、一歩でも前に進むぞ」
と思っていれば、
前に進む力がついてきて、
成功へと向かっていくのです。
繁栄の法 第3章

自分はどの方向に向かいたいのか



みなさんは、自分自身の潜在意識に対して、
「自分はどの方向に向かいたいのか」
ということを常に教えておかなければいけません。

自分の目的地を、
心の奥深いところにまで
落とし込んでおくことが大切です。

『繁栄の法』 第4章