自我が強い人は、神仏の理想実現のための手足にはなれません。
しかし、自我を抑え、「あくまでも、神仏の光を受け、それを流していく存在として自分があるのだ。『神仏の光が仕事をする』というのは、『自分を通じて神仏の光が現れてくる』ということなのだ。神仏の手足、細胞として、自分は仕事をしているのだ」と常に思っていると、自分ならざる力が湧いてきます。
『人格力』 P.212
すべての人間、すべての動物、すべての植物、すべての鉱物に仏性が宿っているという事実、たとえ現象としてはどのようにあらわれていようとも、万象万物は、すべて仏の意志の発露であるという真実、これは、動かしがたい仏法真理なのです。
『太陽の法』 P.81
これは、人間の戦いではありません。神の戦いであり、仏の悲願を実現しようとする運動なのです。「この地上において、仏国土ユートピアをつくれ」という天命が下ったのです。
『宗教立国の精神』 P.306
心には、「善なる心」と「悪なる心」があるため、どちらの心を持って還るかによって、天国に行くか地獄に行くかが分かれます。
したがって、心は最終のものではなく、もう一段、教えを進めるならば、「正しい信仰心」が必要なのです。
『鋼鉄の法』 P.303
過去自体を覆すことはできません。ところが、未来に関しては、覆すことができるのです。「そうした立場に、自分はいまあるのだ」と思ったほうがよいと思います。
『青春に贈る』 P.39
他の人を畏怖させたり驚かしたりするような生き方のなかに、真理はありません。そうではなく、自分というものをしっかりとつくっていく。自分自身のなかに力を蓄えていく。その力を全部発散するのではなく、少しずつ少しずつ、漏れてくる光でもって、人々を教化していく。これが、「自分を崩さず、他を刺激しすぎないうちに感化・教育していく」という偉大な方向性となるのです。
『漏尽通力』 P.147
今の時代に、真面目に、熱心に仏法真理に取り組み、仏法真理の下に生きている人々がいるということは、まさしく、「この時代は神から見放された時代ではない」ということを意味しているわけです。こういう人々が生きているということ自体が、まだまだ、人類には未来があるということを意味しているわけです。
『信仰と情熱』 P.103
よい仕事をしたならば、それに見合った報酬が伴い、喜びが与えられるようになっています。これは人類の智慧、文明の智慧であり、これによって、人間が営々と働き続けることができるように仕組まれているのです。これは実にありがたいことです。
『経営入門』 P.56
自己卑下的な方に特に大事なものは「光明思想」です。これで、一日、二日で自分をコロッと変えることが可能ですから、いつも春のような「春爛漫」の心を持つことが大事なのです。
『エル・カンターレ 人生の疑問・悩みに答える 霊現象・霊障への対処法』 P.78