人を愛せないのは、その人のことが理解できないからです。相手を理解することができたら、それは、「愛した」ということと同じなのです。理解できないから憎しみ合い、理解できないから攻撃し、理解できないから排斥し、理解できないから「憎悪の連鎖」が止まらないのです。したがって、その「憎悪の連鎖」が止まらないことを、当然のことと考えてはなりません。「憎悪の連鎖」を増幅させてはならないのです。そうではなく、自分たちがいかに他の者の考え方に対して無理解であるかということを知ったならば、一歩でも二歩でも、お互いに理解できるように歩み寄ることが大事ではないでしょうか。
『伝道の法』 P.257