2019/10/28

●「時を待つ」のも愛

「時を待つ」のも愛なのではないでしょうか。ただ、きっかけは与え続けなければならないかと思います。しかし、最後は、先ほども述べた「指月のたとえ」のように、月を見るかどうかは本人であり、自分の目で見ないかぎりは分かりません。「周りが指し示すことはできるけれども、最後、見るのは本人だ」という部分は残るわけです。

『真のエクソシスト』 P.165