2020/12/05

●神仏の慈悲を体現する生き方

 「神仏の愛」は、最終的には「慈悲」につながっていくものです。同じ立場に立っているものではない、「与え切りの愛」なのです。

この慈悲を、どこかに体現していかなければなりません。この慈悲を体現した姿が、人間としてのさまざまな「徳」として現れていかなければならないのです。これを知っていかねばなりません。


『鋼鉄の法』 P.280